ごみの分別問題

分別回収がスタートしたのは1988年10月でした。


90年3月にはモデル地区も当初の2倍の5200世帯に広がり、回収実績もリサイクルトナーとともに順調に伸びています。


すでに区は7、8年の間に区内全域に分別回収を拡大する計画を立てていますが、住民からはこの時期をもっと早めよとの意見がよく出されるといいます。


ところで、ここでまずわたしたちの関心を呼ぶのは、どうして目黒区でこのような回収実験が行われることになったのか、その背景や目的についてです。


これらについて簡単に述べると、都は数年前に目黒区内に清掃工場の建設を発表するや、ご多分にもれずここでも地元住民の間で反対運動が起こりました。


しかし、他の大部分のケースとは異なり、彼らはまもなくして、ごみ焼却施設を持たない目黒区の住民としては都の計画の必要性そのものに理解を示すことになります。


しかし他方では、ごみの資源璽減量化の必要を都や区に対して提起するようになります。


この訴えは、やがて区議会に対し「リサイクル条例」の制定を求める直接請求運動に発展。


しかも成立に必要な数を大幅に上回る区民の署名を集めることができました。


したがって、もし区議会がこれを可決していれば、目黒区は全国でも最初に「リサイクル条例」を持つ句になったのですが、残念ながら区議会も区長も、請求条例案の内容に問題があるなどを理由に、それをそのまま受け入れることには否定的な姿勢をとったのです。


ただし、区議会も区長もリサイクルの促進を求める直接請求に趣旨そのものには賛意を表明。


その結果、請求条例案が区議会で否決されたあとの1986年に、区長の機関として「目黒区リサイクル事業懇話会」が設置され、それに住民運動の代表も委員に加わることになりました。


それから1年半後に出された答申にそってスタートしたのが、現行のびん・缶の回収実験です。

階層なき学歴社会 7

男子の場合は、販売従事者と技能工・生産工程・単純作業従事者といった高等教育の成果が生かされているとは考えにくい職業に3割程も就いているのです。


これは、男子の高等教育進学者が社会の受入れ能力以上に増加している結果です。


男子労働者の現在の賃金をもとに計算した生涯賃金では、高卒者は大卒者の76・5%となっていますが、近年の新卒者の就職先をみると、大卒者のブルーカラー化はいっそう進み、生涯賃金の格差もさら繕小してくると思われます。


女子は、希望するような就職先がなければあえて就職しないという形で職業選択できますが、男子の場合はその自由が少ないので、このような職業的下降が起るのでしょう。


今後とも、男性にとって教育の投資効果は、就職率や生涯賃金ではかる限りは低下を続けることが予想され、男性と女性の差より、男性の内部でも学部・職業による差、能力による差の方が明確になっていくと思われます。

階層なき学歴社会 6

学歴、年齢、勤続年数を一定にした所定内給与を比較してみると、男女格差は大卒で、しかも勤続年数の長い層で最も大きいです。


中卒でも高卒でも勤続年数が長くなるほど男女格差が大きくなっていきますが、その度合は大卒が最も大きいのです。


その理由は、男子大卒者が高卒以下のグループより役職につく割合が大きいからでしょうが、女子は大卒といえども役職についている割合が低いのです。


だから、年齢が進むほど男女格差が大きくなります。


女子にとって高い教育は個人の共用や趣味を高めるだけで、個人にとっても社会にとっても、経済的にはなんの役にも立っていないのでしょうか。


そうとはいいきれません。


たとえば、高等教育修了者の職業をみると、女子の場合は半分近くが専門的技術的職業についています。


その内訳をみると教職が多いのではありますが、いちおう大学教育の成果を職務遂行に生かせる職業についているのです。

階層なき学歴社会 5

女性個人にとって、また社会にとって、高等教育は得なのでしょうか。


答はイエスであり、またノーです。


それはなぜなのでしょうか。


否定的な意見は、女子の大学卒業者の就職率の低さ、あるいは勤続年数の短さによって、女性の高等教育は社会にとっても本人にとっても経済的効果は低いという判断に基づきます。


昭和30年代であったと思いますが、まだ今日ほど女性の進学率が高くない頃に、早大の教授によって「女子学生亡国論」が唱えられました。


その内容は大学、特に文学部の学生の間に女子の比率が高まり、大学が花嫁学校化して、学問の後継者も得られない点を嘆いたものでした。


実際、大卒女子の就職率(1979年)は62・9%で、男子のそれを14・1%下回っています。


さらに、大卒者の平均勤続年数(79年)は女子4・4年、男子8・8年です。


学歴別の生涯所得の差をみようとしたのですが、男子労働者についての計算例はあっても、女子労働者については"生涯賃金"を学歴別に計算したものはありませんでした。

階層なき学歴社会 4

また、いったん企業で働いた後でも、大学院で修士号や博士号を獲得すればより高い報酬のポストに移れます。


(日本の企業や官庁からアメリカの大学院へ派遣された留学生は、しばしば「学位を得て帰ったらどれだけ地位や収入があがるか」という質問に悩まされるそうです)。


日本では企業内訓練や教育の方が大学教育や大学院教育より実用性が高いためもありますが、大学や大学院への再入学はそれほど高く評価されません。


はっきりいえば、大学や大学院はあまり世の中の役に立たないことをしていると考えられています。


それならどうして、多くの人びとが大学をめざし、また企業や役所も大学卒業者を大量に採用するのでしょうか。


アメリカとは違った尺度で、日本の大学が企業に対して果している役割をみる必要があります。


日本の大学が社会で果している役割は、入学させた学生をどのようにして教育し、知識を与えたかという点より、入学試験において受験生をふりわけ、選別する機能であるといわれます。


長い間受験勉強に耐え、努力をいとわない強い意志力をもっているかどうか、受験勉強のような無意味な努力に耐える忍耐力があったかどうか、それを可能とする知的能力があったかどうか、という点を企業は重視します。


だから、ある程度の水準以上であれば、学校の成績が特別よいより、運動部で活躍したとか、クラブ活動のリーダーであったとかいう方が歓迎されるくらいです。


終身雇用制の日本の会社では"ヘンな人"を採用しても解雇は難しいので(内定取消しさえできない判例が出ました)、採用にあたっての選別には慎重なのです。

階層なき学歴社会 3

アメリカの社会は実力主義、メリットクラシーの社会だといわれます。


しかし、これは学歴が意味を持たないということではありません。


逆に日本以上に学歴が重要な社会だということは、ベッカーの説でもうかがわれます。


たとえば日本では、大卒男子は一流大卒も三流大卒も、同じ会社の新入社員なら全員同じ給料です。


しかし、アメリカなどでは、ハーバードのような一流大学卒業者と地方の州立大学などの卒業者は初任給から違います。


時には、同じ学校卒業者でも成績によって異るのです。


これは日本と違って、定期採用をしない会社が多く、あるポストにつく能力のある人をそのつど採用するためでもありますが。


日本は逆に、大学さえ出ていれば同じ資格です。


一流大学卒が昇進に有利とはいわれても、少なくともはじめは特別扱いはされません。


まったく同じ初任給でスタートするのが普通ですが、アメリカでは卒業した大学や学部によって初任給が異るのです。

階層なき学歴社会 2

戦後、学制が改革され、専門学校や実業学校などの袋小路の学校がなくなり、大学までのルートが大きく開かれるとともに、駅弁大学といわれたほど大学の数も増加し、大学生も増加の一途をたどりました。


高い技術、あるいはそれを学びうる基礎的教養を身につけた人材が多くなったことは、わが国の経済成長の有力な要因とされます。


そして、社会にとって教育が有効に働いたと同じように、個人にとっても教育は決して損にはなりませんでした。


教育を受けた人は、企業でも役所でも幹部候補生として重要なポストにつき、高い賃金を得ました。


人的資本仮説によると日本に限らず、世界のほとんどの国で、高い学歴をもつ労働者は高い賃金を得ています。


この現象を説明するために、シュルツやベッカーというアメリカの経済学者たちは人的資本仮説というものを唱えています。


この説によれば、教育や訓練を受けた労働者は単なる労働力ではなく「人的資本」とみなされます。


その骨子となる考えは、


1.教育に対する投資は労働者の生産性を高める

2.賃金所得は労働者の生産性によってきまる


という2つです。


すぐに就職しないで大学へ進学するのは、資金を将来のために使うということだから一種の投資とみなされます。


教育投資に対して、どれほどの収益があるのか。


ベッカーは、アメリカにおいて、12%強と推計しています。


定期預金よりも、株や債権を買うよりも、教育への"投資"は得なのです。

階層なき学歴社会

日本はよく知られているように、ヨーロッパなどのような階層社会ではありません。


貴族の子は貴族、農民の子は農民、商人の子は商人と、何世代にもわたって固定されてきたヨーロッパの諸国では、同じ国民とはいえ、階級によって顔つき、体格からして異ります。


もちろん、上流階級と下流階級では財産も比べものになりません。


そういう国では、教育を受けたからといって社会のリーダーになるのは難しいのです。


また、中・上流階級の子弟でない者が大学へ入学するのはまだまだ困難です。


たとえば、フランスは典型的な学歴社会で、政府や企業のトップは独占的にグランゼコールと呼ばれる少数の学校出身者に占められていますが、そういう学校へ入る労働者階級、農民階級の子弟はまれで、ほとんど中流階級と上流階級の出身者だといいます。


どういう階層に生れるか、ということが生涯にわたって決定的な影響を及ぼすのです。


それに対して、わが国では社会階層が明確でありません。


しかも、明治以来の近代化の過程の中で高い教育を受けた人びとが各界で大きな役割を果しました。


福沢諭吉の理念は明治の青年たちを鼓舞し、大学は国家有用の人材を、広く社会の各階層から吸収したのです。


もちろん、戦前において学制は複雑な体系をとり、中学、高校、大学と、進学できるのは良家の子弟が中心でした。


しかし出身階層のいかんを問わず、学歴は社会的威信を決定しました。

憧れの職業!「仲居」

日本旅館に勤め、接客から配膳、寝床の準備などをする仕事。

年配女性が多いが、そつのない客あしらいと打てば響くような会話、ボスピタリティ精神があれば仲居として一人前といえるだろう。

仲居は慢性的人材不足の傾向にあるため、職探しはそれほど難しくない。

直接、気になる旅館に問い合わぜてみたり、観光地の八ローワークや求人広告をチェックしたりしよう。

憧れの職業!「ホテルマン・ホテルウーマン」

利用者が気持ちよく宿泊できるように、さまざまなサービスを提供する。

到着したお客を迎えるドアボーイやドアガール、予約やチエックイン手続きを行うフロント係、客室を整える客室係や独自のつてを駆使してイベントチケットなどを手配するコンシエルジュなど、仕事内容によって細かく分類されている。

とくに必要な資格はないが、財団法人日本ホテル教育センターが主催する検定試験「ホテルビジネス実務検定試験」に合格しておくと就職に有利らしい。

この資格を教育課程に取り入れる専門学校も出てきている。

試験は、受験者の実務経験などに合わぜてベーシックレベルとマネジメントレベルの2つに分かれる。

フロント係を目指すなら、観光専門学校やホテルスクール専門学校への入学がおすすめだそうです。

語学、とくに英語に磨きをかけようと思います。

また、支配人を目指すなら、フロントや経理、広報といったバックアップ部門での経験を積み、経営能力を身に付けていきたい。