テレビ・ブームの爆発とその功罪 2

1939年、ニューヨーク万博で大衆の前にテレビが公開され、ローズベルト大統領もテレビカメラの前に立って演説しました。


その時展示されたTV受像機の値段は625ドルで、見る人をおどろかせました。


当時の新車の値段は900ドルでした。


第二次大戦はテレビ時代の到来をおくらせることになりました。


しかし、戦後ブームは都市人口の郊外への大量移動とともに、住宅、自動車、家庭用電気製品への需要を著しく高めました。


そのなかでもTVセットへの需要は爆発的だったのです。


1948年だけをみても、年初にはTVセット保有台数は10万2000台。


しかもその3分の2はニューヨークに占められていました。


・・・しかし、同じ年の4月には、その数は2倍となりました。


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