再浮上した業務核都市構想 4

たとえば東京都は大井のコンテナ埠頭をつくりました。


横浜は山下埠頭の外側にコンテナ埠頭を拡張しました。


しかし20年くらい前まではコンテナ埠頭をつくりながらも、古い港もそれなりに使っていました。


しかし15~6年くらい前から、港湾管理者側でも古い港をそのままにはしておけなくなりました。


倉庫も使えなくなってしまいます。


船も接岸できなくなってしまいます。


古い港湾を手直ししなければならない問題が深刻化してきました。


たまたま造船不況が20年くらい前から発生したのです。


三菱の造船所は横浜の港内から他の場所に移し、その土地は処分してもよいという話が生れてきます。


より土地の安いところに設備の良い造船所を集約してつくることのほうが、三菱重工としても望ましいことなのです。


・・・そういう造船不況と港湾機能の更新の2つの動きを結びつけて、横浜の港湾地区の再開発、すなわちMM21計画が始まりました。

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