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2010年07月 アーカイブ

階層なき学歴社会

日本はよく知られているように、ヨーロッパなどのような階層社会ではありません。


貴族の子は貴族、農民の子は農民、商人の子は商人と、何世代にもわたって固定されてきたヨーロッパの諸国では、同じ国民とはいえ、階級によって顔つき、体格からして異ります。


もちろん、上流階級と下流階級では財産も比べものになりません。


そういう国では、教育を受けたからといって社会のリーダーになるのは難しいのです。


また、中・上流階級の子弟でない者が大学へ入学するのはまだまだ困難です。


たとえば、フランスは典型的な学歴社会で、政府や企業のトップは独占的にグランゼコールと呼ばれる少数の学校出身者に占められていますが、そういう学校へ入る労働者階級、農民階級の子弟はまれで、ほとんど中流階級と上流階級の出身者だといいます。


どういう階層に生れるか、ということが生涯にわたって決定的な影響を及ぼすのです。


それに対して、わが国では社会階層が明確でありません。


しかも、明治以来の近代化の過程の中で高い教育を受けた人びとが各界で大きな役割を果しました。


福沢諭吉の理念は明治の青年たちを鼓舞し、大学は国家有用の人材を、広く社会の各階層から吸収したのです。


もちろん、戦前において学制は複雑な体系をとり、中学、高校、大学と、進学できるのは良家の子弟が中心でした。


しかし出身階層のいかんを問わず、学歴は社会的威信を決定しました。

階層なき学歴社会 2

戦後、学制が改革され、専門学校や実業学校などの袋小路の学校がなくなり、大学までのルートが大きく開かれるとともに、駅弁大学といわれたほど大学の数も増加し、大学生も増加の一途をたどりました。


高い技術、あるいはそれを学びうる基礎的教養を身につけた人材が多くなったことは、わが国の経済成長の有力な要因とされます。


そして、社会にとって教育が有効に働いたと同じように、個人にとっても教育は決して損にはなりませんでした。


教育を受けた人は、企業でも役所でも幹部候補生として重要なポストにつき、高い賃金を得ました。


人的資本仮説によると日本に限らず、世界のほとんどの国で、高い学歴をもつ労働者は高い賃金を得ています。


この現象を説明するために、シュルツやベッカーというアメリカの経済学者たちは人的資本仮説というものを唱えています。


この説によれば、教育や訓練を受けた労働者は単なる労働力ではなく「人的資本」とみなされます。


その骨子となる考えは、


1.教育に対する投資は労働者の生産性を高める

2.賃金所得は労働者の生産性によってきまる


という2つです。


すぐに就職しないで大学へ進学するのは、資金を将来のために使うということだから一種の投資とみなされます。


教育投資に対して、どれほどの収益があるのか。


ベッカーは、アメリカにおいて、12%強と推計しています。


定期預金よりも、株や債権を買うよりも、教育への"投資"は得なのです。

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